
大規模災害への歯科医療対応につ いて
今後、発生が想定されている首都直下地震や南海トラフ地震等の大規模な自然災害が発生した場合、広範囲かつ長期的な支援が必要になるとされています。そこで今回は、歯科医療の側面から支援できること、また対応すべきことについて考察しご紹介いたします。
歯科医療従事者及び歯科材料メーカーの役割について
大規模な災害が発生した際には、歯科医療に関わる各専門職がそれぞれの役割を果たし、総合的に被災者を支援することが重要です。以下に、歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士、そして歯科材料メーカーのそれぞれの観点から、役割や対応すべきことを列挙します。
1. 歯科医師の役割と対応
外傷治療: 口腔や顎の外傷に対して応急処置や治療を行い、感染予防と痛みの管理に努める。
身元確認: 歯科記録を活用し、ご遺体の身元確認に協力する。特に災害識別者チームの一員として法医学的な役割を果たす。
避難所での歯科医療提供: 仮設診療所を設け、応急的な歯科治療や義歯の修理を行う。
歯科衛生士や技工士との協力: チームを組んで治療や補綴物の提供を効率的に行う。
心理的サポート: 被災者に対する心理的支援を提供し、安心感を与える。
2. 歯科衛生士の役割と対応
口腔衛生の維持と指導: 避難所や仮設住宅で、被災者に口腔衛生指導を行い、二次的な健康被害を防ぐ。
応急処置の支援: 歯科医師を補助し、外傷の初期治療や感染予防のための衛生管理をサポートする。
口腔ケアの実施: 高齢者や障害者など、セルフケアが困難な被災者に対して、口腔ケアを直接提供する。
健康教育と啓発: 避難所での歯科衛生教育を通じて、被災者の口腔健康を守る。
3. 歯科技工士の役割と対応
義歯や補綴物の修理・製作: 災害で損傷した義歯や補綴物を迅速に修理し、必要に応じて新たに製作する。
身元確認支援: 義歯や補綴物を通じた被災者の識別支援を行う。技工記録を法医学チームに提供し、身元確認の精度を高める。
仮設技工所の設営: 現場や避難所に簡易的な技工所を設け、緊急対応を行う。
歯科医師との連携: 補綴物の製作や修理において、歯科医師と緊密に協力し、迅速かつ的確な対応を提供する。
4. 歯科材料メーカーの役割と対応
緊急供給の確保: 災害時に必要な歯科材料(例えば、義歯用レジン、歯科用合金、消耗品など)を迅速に供給するための体制を整備する。
備蓄と在庫管理: 災害に備えて、主要な歯科材料の備蓄を行い、必要に応じて被災地に迅速に配送できるようにする。
支援物資の提供: 無償での支援物資提供や、被災地への迅速な配送を行うことで、現地の歯科医療活動をサポートする。
災害対応キットの開発: 災害時に役立つ携帯用の歯科材料キットを開発やインフラが不十分な状況下でも使用することができる材料を開発し、歯科医療従事者が現場で迅速に対応できるようにする。
情報提供とサポート: 歯科医師や技工士に対して、災害時に特化した材料の使用方法や応急処置に関する情報を提供し、適切な対応を支援する。
各職種がそれぞれの役割を果たし、協力して対応することで、災害時の歯科医療支援がより効果的に行われます。これには、日頃からの準備や訓練、そして緊急時の迅速な行動が不可欠です。
最も重要な役割とは


下記の3項目は、災害時の歯科医療において非常に重要なポイントです。それぞれが災害時の状況において独自の役割を果たし、被災者の健康と安全を守るために重要な役割を果たします。
1. 身元識別
大規模災害では、多くの犠牲者が出る可能性があり、身元不明のご遺体が多数発生することがあります。歯科記録は、他の識別手段(指紋やDNAなど)とともに、確実で迅速な身元確認に寄与します。これにより、遺族が迅速に安否を確認でき、法的手続きや埋葬が適切に行われます。
・歯科記録の活用
災害時の身元識別には、被災者の歯科記録が重要な役割を果たします。
特に、歯の特徴や補綴物の情報、X線写真などが有効です。これらを用いて、ご遺体の身元を
特定することが可能です。
・デジタル記録の重要性
記録の電子化とデータベース化により、迅速な情報共有と検索が可能に
なります。災害時には、これが身元識別のスピードと精度を高めます。
・歯科技工物の識別
義歯や補綴物には、個々の患者に特有の形状や特長があり、これが身元確認に役立ちます。
技工士は、災害時にこれらの技工物を識別するための技術と知識を提供します。
・国際基準の導入
インターポールなどの国際的なガイドラインに基づいた識別手法を導入することで、国際的な
災害支援にも対応できます。
2. 感染症対策(誤嚥性肺炎)
災害時の避難所では、ストレスや不衛生な環境により免疫力が低下し、誤嚥性肺炎などの感染症が発生しやすくなります。特に高齢者や体力が低下している人々にとって、誤嚥性肺炎は命に関わる深刻な問題です。適切な口腔ケアを行うことで、こうした感染症を予防し、被災者の健康を守ることができます。
・口腔衛生の維持
災害時には、避難所などでの不衛生な環境が誤嚥性肺炎のリスクを高めます。歯科衛生士は、
避難者に対して適切な口腔ケアを提供し、口腔内の細菌数を減少させることで、感染症の予防
に努めます。
・口腔ケアの指導
被災者自身が簡単に実施できる口腔ケアの指導を行うことが重要です。これには、正しい歯磨
き方法や口腔リンスの使用が含まれます。
・嚥下機能の評価とサポート
高齢者や障害者など、嚥下機能が低下している被災者に対して、歯科医師や歯科衛生士が嚥下
機能を評価し、必要に応じて嚥下補助食やトレーニングを提供します。
・衛生管理の徹底
避難所や仮設住宅での衛生管理を徹底し、感染症のリスクを低減するために、歯科医療チーム
がリーダーシップを発揮します。
3. 災害時に使いやすい材料の開発
災害時には、通常の診療環境が確保できない場合が多く、限られた資源と時間で歯科医療を提供する必要があります。携帯性が高く、簡単に使用できる材料は、応急処置や仮設診療所での治療を効率化し、より多くの被災者に迅速な医療支援を提供するために不可欠です。
・軽量かつ携帯性の高い材料
災害現場では、歯科医療器具や材料の運搬が容易であることが重要です。軽量で耐久性のある
材料や携帯可能なセットが求められます。
・簡易で迅速な使用が可能な材料
短時間で応急処置ができるよう、簡易かつ迅速に使用できる歯科材料が必要です。例えば、即
時硬化型のレジンや、自己接着性の高い仮封材などが考えられます。
・長期保存可能な材料
災害用の備蓄材料は、長期間保存が可能で、使用時に品質が劣化しないことが重要です。温度
や湿度の変化に強い材料の開発が求められます。
・多用途な材料
災害時には限られたリソースを最大限に活用する必要があるため、1つの材料で複数の用途に
対応できるものが望ましいです。例えば、補綴物の修理や応急処置に共通で使える材料などで
す。
・環境適応型材料
災害時の過酷な環境下でも使用可能な、耐水性や耐熱性に優れた材料の開発が必要です。ま
た、器具の洗浄や再利用が可能な環境適応型の材料も考慮されるべきです。
これらの取り組みは、災害時における歯科医療支援を強化し、被災者の安全と健康を守るための強力な体制を構築するための基盤となります。歯科医療従事者をはじめ、関連するすべての分野が連携し、万全の準備を整えることで、災害時においても迅速かつ効果的に対応し、被災者の生活と命を支えることができると考えます。上記の内容が、今後の災害対策においても非常に有益となり、未来の準備と対応に大きく貢献することができれば幸いです。
参考資料及び出展元