世界初しなやかで金属に匹敵する高い靭性を持つ
セラミックスの開発に成功
~世代ジルコニア創出社会連携講座の研究チームと東ソー株式会社の研究グループ~
Point
世界で初めて、しなやかで強靭なジルコニアセラミックスの開発に成功されました。ジルコニアの強化機構に基づく新たなアプローチにより、従来のセラミックスの脆さを克服することが試みられ、その結果、微細な組織制御を実現する特殊な原料粉末を用いてセラミックスが製造され、走査透過型電子顕微鏡による詳細な解析と力学特性評価により、金属に匹敵する高い靭性(注1)が確認されました。
この革新的なジルコニアセラミックスの開発により、高強度材料市場だけでなく、高い信頼性が求められる幅広い分野での応用が期待されています。
今回は、東京大学と東ソー株式会社の共同研究グループによって開発された「しなやかで金属に匹敵する高い靭性を持つセラミックスの開発の成功」について東京大学プレス記事を要約しご紹介いたします。
今回開発されたジルコニアセラミックスの力学特性の比較
発表内容〈研究の背景と経緯〉
高強度ジルコニアは、歯科材料や光ファイバーの接続部品など多岐にわたる分野で用いられ、その中でも高い強度を持つジルコニアが注目を浴びています。この材料は、安定性を保つために希土類元素の一種であるイットリウムの酸化物(イットリア)を2~4モル%固溶し、主相は準安定相の正方晶です。材料の強化機構は、応力下で生じる約4%の体積膨張を伴う準安定相の正方晶から安定相の単斜晶への応力誘起相変態(注2)によって亀裂進展が抑制されることによって実現されています。
高い靭性を持つジルコニアを実現するためには、応力誘起相変態が非常に重要であり、この相変態が容易に起こる状態を創出することで、靭性を向上させることが可能です。そのためには、正方晶の相安定性を支配する固溶イットリアの濃度を低減させることが有効ですが、その濃度が2モル%未満になると単斜晶が安定相となり、正方晶ジルコニアの実現が難しくなると理解されていました。
しかし、本研究グループは、均一なイットリア濃度と微細組織な結晶相(注3)を実現することで、低濃度のイットリアでも正方晶が存在できる可能性を示唆しました。この仮説を検証すべく、均一にイットリアを固溶させたジルコニア粉末を合成し、成形と焼結により低濃度の正方晶ジルコニアを作製しました。その濃度の均一性は、走査透過型電子顕微鏡法(STEM)(注4)とエネルギー分散型X線分光法(EDS)(注5)で確認し、靭性と強度は圧子圧入法(IF法)(注6)、3点曲げ試験法(注7)で評価しました。この研究により、金属に匹敵する高い靭性を実現し、高信頼性が求められる分野での利用が期待されると共に、次世代の高機能ジルコニアの展開が期待されます。
研究結果
今回、研究チームは高強度ジルコニアを得る難しさが指摘されている1.5モル%のイットリア濃度で正方晶ジルコニア(1.5Y)を創出に取り組みました。加水分解法(注8)により均一なイットリア固溶ジルコニア粉末を生成し、1300~1400℃の高温焼結によって微細な結晶粒からなる高密度の正方晶ジルコニアを得られることが分かりました(図1)。1400℃で焼結させた1.5Yの走査型電子顕微鏡(SEM)(注9)及びSTEM-EDS像によれば、均一に形成された結晶粒内にイットリウムが存在し、仮説通り微細組織の制御によって低イットリア濃度の正方晶ジルコニアが可能であることが確認されました(図2)。さらに、1400℃で焼成させた1.5Yの力学特性評価では、22.0MPa•m1/2の靭性と1210MPaの曲げ強度が得られ、従来の3Yジルコニア(靭性5.3 MPa•m1/2,強度1240 MPa)と比べて4倍以上の靭性向上が示されました(図3)。また、微量のアルミナドープ(注10)による効果も検証され、1.5Yにアルミナを1モル%ドープ(1.5Y1A)し、1350℃での熱間等方圧加圧(HIP)処理(注11)により、靭性を維持したまま曲げ強度を1500MPaに向上させることに成功しました。Ashbyマップによれば、今回開発したジルコニアは他のセラミックスを凌駕し、金属に匹敵する高い靭性を有する、世界最高性能のセラミックスであることが分かりました。
図1.緻密化・粒成長挙動と結晶相解析
図2.1400℃で焼結させた1.5Yの微構造解析
図3.力学特性
図4.さまざまな工学材料の靭性-強度の関係を示すAshbyマップ
高強度ジルコニアは、高温大気や熱水中の厳しい環境下に長時間さらされると、自発的に正方晶が単斜晶へ相変態して力学特性が低下する、低温劣化が知られています。図5に、劣化加速試験(熱水140℃-30時間処理)の結果を示しますが、1.5Yは、3Yよりもセラミックス表面からの単斜晶の進展が抑制されており、更に0.3モル%アルミナドープ(1.5YA)では単斜晶の進展が大幅に抑制されています。この結果により、今回開発したジルコニアは、従来品の高強度ジルコニアより靭性のみならず劣化耐性も優れていることが分かりました。
図5.劣化加速試験(熱水140℃-30時間処理)
社会的意義・今後の展望
本研究では、しなやかで割れにくい金属に匹敵する高い靭性を発現する高強度ジルコニアの開発に成功しました。
この革新的なジルコニアは、歯科材料、粉砕ボール、装飾材料、光ファイバー用接続部品、産業機器材料等の高強度材料の市場成長を加速させ、高度な信頼性が要求される工具、筐体、生体・医用材料等の広範な分野への利用展開が進むと期待されます。更には、機能元素ドーピングや微細構造アーキテクチャ等を利用した微細組織設計により、力学特性をよりいっそう向上させる可能性があり、次世代の高機能ジルコニア創出へ向けた展開が期待されます。
本研究グループは、今後も次世代ジルコニア創出社会連携講座において社会課題解決に向けた次世代ジルコニア創出の研究を積極的に進めていきます。
この研究の成果は、2023年6月26日(米国東部夏時間)に米国科学アカデミー紀要「PNAS: Proceedings of the National Academy of Sciences」のオンライン版に発表されています。
※下記アドレスをクリックいただくと原文をご覧いただけます。
研究グループの構成
東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構 次世代ジルコニア創出社会連携講座
松井 光二(特任上席研究員)
馮 斌(特任准教授)
吉田 英弘(特任教授)
幾原 雄一(特任教授)
東ソー株式会社 無機材料研究所
細井 浩平(主任研究員)
プレスリリース本文:PDFファイル
Proceedings of the National Academy of Sciences:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2304498120
用語解説
注1:靭性
材料の粘り強さのことであり、表面や内部に亀裂、亀裂状の欠陥を持つ材料の破壊に対する抵抗力を示す尺度である。靭性が高くなると、急速破壊が生じにくくなり、しなやかで割れにくいものとなる。
注2:高強度ジルコニアは準安定相の正方晶が主相であり、応力存在下では正方晶から安定相の単斜晶への相変態による体積膨張で亀裂伝播を回避するため、亀裂先端の応力集中を緩和する。この変態強化により、強度・靭性が向上する。
注3:応力誘起相変態
結晶相
ジルコニアは、単斜晶、正方晶、立方晶の3種類の結晶相をもつ。これらの結晶相は、安定な温度域が決まっており、室温では単斜晶、1170℃で正方晶、2370℃で立方晶となる。通常、セラミックスは原料粉末を所望の形状に成形して高温で焼成して製造するが、ジルコニアは焼成の冷却過程で温度が低下する際に、正方晶から単斜晶への相変態により約4%の体積膨張が起こり、割れが発生するため、セラミックスの製造は困難となる。そのため、安定化剤を添加して結晶相の安定性を制御して、室温で準安定相の正方晶を存在させている。代表的な安定化剤としては、希土類元素の一種であるイットリウムの酸化物(イットリア)が知られている。
注4:走査透過型電子顕微鏡法(STEM: Scanning Transmission Electron Microscopy)
0.1 nm以下に収束した電子線を試料上で走査し、試料を透過・散乱した電子線の強度分布から原子配列を直接観察する手法。今世紀に入り収差補正技術が開発され、現在の空間分解能は0.04 nmにまで達している。現時点では、東京大学が世界最高空間分解能の記録を有している。
注5:エネルギー分散型X線分光法(EDS: Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)
電子線照射により試料中の原子の内殻電子が励起される。生成された電子空孔は外殻電子により補われるが、その際に乗余分のエネルギーに対応したX線が発光する。このエネルギーは、原子固有であるため、元素種が特定できる。
注6:圧子圧入法(IF: Indentation Fracture)
セラミックスの破壊靭性を測定する試験法であり、ビッカース圧子を試験面に圧入して、生じる圧痕と亀裂の長さを測定し、押し込み荷重、圧痕の対角線長さ、亀裂長さと弾性率から破壊靭性値を求める。
注7:3点曲げ試験法
セラミックスの曲げ強度を測定する試験法であり、試験片を支持台と圧子による3点で曲げる方式で、一定速度で押し曲げて材料の曲げ強度を測定する。
注8:加水分解法
ジルコニア粉末の合成法の1つであり、このプロセスではイットリアが均一に固溶した高純度粉末が合成できることを特長とする。東ソー株式会社は、ナノテクノロジーによる最新技術の加水分解プロセスで高品質のジルコニア粉末を製造している。
注9:走査型電子顕微鏡(SEM: Scanning Electron Microscopy)
細く絞った電子線で試料表面を走査して放出される二次電子や反射電子等を検出することで、試料表面の凹凸を三次元的に観察する装置。
注10:ドープ
材料の性質を制御するために、微量の元素を添加することである。本研究では、ジルコニアの性能向上を目的に微量アルミナを添加した。
注11:熱間等方圧加圧(HIP: Hot Isostatic Pressing)
圧力を加えながら焼結する手法の1つであり、試料に対して全方向から圧力を加える方法である。圧力媒体としてはアルゴン等が用いられる。
高強度ジルコニアは、高温大気や熱水中の厳しい環境下に長時間さらされると、自発的に正方晶が単斜晶へ相変態して力学特性が低下する、低温劣化が知られています。図5に、劣化加速試験(熱水140℃-30時間処理)の結果を示しますが、1.5Yは、3Yよりもセラミックス表面からの単斜晶の進展が抑制されており、更に0.3モル%アルミナドープ(1.5YA)では単斜晶の進展が大幅に抑制されています。この結果により、今回開発したジルコニアは、従来品の高強度ジルコニアより靭性のみならず劣化耐性も優れていることが分かりました。